こんにちは、さあこです。
今回お話しするのは、私自身がYさんからいただいた念珠と、それにまつわる小さな奇跡についてです。
同じように「念珠の紐が切れた」出来事でも、夫のときとは全く違う意味合いがあったことが印象的でした。
信じる・信じないは人それぞれのお気持ちですが、不思議な話が好きな方や「目に見えない支え」に興味がある方に、リラックスして読んでいただけたらうれしいです。
転勤を前に贈られた、朱色の念珠
関西での暮らしを終え、夫の転勤で関東に戻ることが決まった頃、
Yさんは私に、朱色の石で作った念珠をプレゼントしてくれました。
「本来の色は銅色やね。
でも最初に会ったときは、ちょっと濁ってたね」
それは、私の「色」に近いとされる朱色の美しい石で作られたもの。
今思えば、カーネリアンという石だったのかもしれません。
「日中は身につけて、寝るときは外して。
もしひもが切れたら、それは“もう必要なくなった”ってサインかもしれへん。
また欲しくなったら言うてな」
そんな言葉とともに受け取った念珠は、慣れない土地での新生活や、16年ぶりの運転が必須な毎日を送ろうとしていた私に、そっと寄り添ってくれる存在となりました。
不思議な体験と、つながりの実感
引越し前、思いで作りにと誘ってくれたYさんと、大阪のとあるお寺に出かけた日。
曇り空の下、彼女がふいに私の背中に手を当てて空を見上げました。
「晴れてたら、もっとはっきり見えたかもしれへんけどね」
そう言うYさんの視線の先に、キラキラと金の粉のようなものが舞っているのが見えたのです。
この光景は、今でも心に深く残っています。
転勤先でも続いた、支えと導き
転勤後も、Yさんとのご縁は続きました。
実家(自営業を営む母や姉)にも相談に乗るため出張してくださったりしていました。
私はなかなか二人目に恵まれず、二度流産したこともあり、この件についてもYさんに相談していました。
でもYさんは、
「大丈夫。まるまるとした男の子、お兄ちゃん(長男)に似てるな。ちゃんとさあこさんの元に来るべき子が来るから。」
そんな風に、温かく励まし続けてくれました。
そしてその言葉通り、次男を授かることができました。
生まれてきた次男は、Yさんの話してくれたとおりの、まるまるとした大きな男の子でした。
念珠が切れた、そして「もう大丈夫」
そんなある日──
朱色の念珠の紐が、自然とすっと切れたのです。
でもその瞬間、不安はなく、むしろ心がすっと軽くなりました。
「ああ、もう大丈夫なんだ」
そう確信に近い感覚が、静かに湧いてきたのです。
そして「また新しい念珠が欲しい」とは思いませんでした。
「依存」ではなく「支え」としての占い
この出来事を通して、私は気づきました。
占いやスピリチュアルは、依存するものじゃない。
自分の力を取り戻したり、引き出す“きっかけ”をくれるもの。
Yさんと出会い、支えられ、
そして自分を大切にして、自分の足で立てる準備が出来たことに
心から感謝しています。
感謝とともに、これからも「見えないもの」への敬意を忘れずに生きていきたいと思います。
最後にひとこと
このお話は私がまだ若い頃のもの。
現在50代になった私ですが、このあとも他のブログ記事にあるように、子供の不登校や転職など、問題が起きると心が不安定になって、占いに頼ったり揺れ動きます。
自分で考えること、自分を大切にしようと意識していれば、いい占いの使い方が出来るんだと思います。
そう思えるのも、「年の功」とはよくいったもの。段々と、経験を積み重ねることでわかってきました。
いいときもわるいときもあるのが人生ですね。
▶ 前回のお話:
【心の支え①】“視える女性”との出会いが救ってくれた、孤独な育児と不思議な塩の奇跡
【心の支え②】守られた証?夫の念珠が2度も“弾けた”理由とは|不思議な体験談
▶関連記事:
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